蒼天蒼天(1/24)
(長岡禅塾の檜林の水仙)
年賀状によって思いもよらないことが知らされ、
事の大きさに衝撃を受けることがある。
昨年そんな賀状がたまたま2通私に届いた。
その1通は大学時代からの友人K.N.君から。
彼は大卒後、新聞記者→国連職員→大学教員と、
その人生を遍歴し、
そうした経歴が、編集者→大学教員→僧侶と、
転身してきた私の人生と似ているところがあって、
めったに会うことはなかったが、
お互いに相手のことが気になる関係であった。
その彼が昨年の年賀状で突然、
「下咽頭がん、ステージ4、試練と向き合っています。
心はとっても元気です」と、記してきた。
私の父や先師の病気の時に知ったことであるが、
症状ステージ4の余命は1年足らずである。
早速書いた見舞いの返書には、
「これまでの75年間は素晴らしいものだったと、
とても満足しています。できることならば、今後も、
”(病に)苦しまず、(悲運だと)騒がず、
心穏やかに運命を全うしたい”と願うだけです」とあり、
最後に、
「様々な意味で、私は幸運だったと思いますが、
貴兄たちと知り合った学生生活もとても幸運なものでした。
実にありがたく、幸いです」と書かれていた。
N君はそれから、半年して逝ってしまった。
諸行無常を実感させられた出来事であった。
蒼天蒼天(そうてんそうてん・悲嘆を表わす禅語)。
吾死なば ともに語らん 学び舎を 出でて歩みし 曲折の道 (大雲)