漱石山房記念館(7/4)

 

エントランスホール

 

6月下旬の小雨けぶる一日、

漱石山房記念館(東京都新宿区)を訪ねる機会がありました。

 

この建物は2年前、

夏目漱石が晩年の9年間を過ごした

早稲田町南町の「漱石山房」と呼ばれた旧居跡に

建てられました。

 

旧居は和洋折衷の平屋建て、

ベランダ式回廊を備えたモダンな建物であったようで、

記念館(地下1階・地上2階建て)も

それに倣ってきわめて現代風のたたずまいを見せています。

 

1階玄関を入ると、左右にブックカフェがあり、

入場料300円を払って、展示場に入ると、

当時、漱石が使っていた書斎が再現されていて、

いきなり見学者の眼を引き付ける仕掛けになっています。

漱石ファンにはたまらない光景だと思います。

 

「猫」の案内で2階の展示室へ

 

階段を2階にあがると、展示室になっていて、

そこが主な見学場所になります。

そこでは漱石の初版本や自筆原稿を見ることができます。

地下は図書館で漱石に関連した本が並べられています。

 

ところで「山房」とは、ふつうは「山中の家」のことです。

しかし、漱石の場合、「山中の家」とは

ただの「山の中の家」ではなく、

その名称に「俗世界を離れた世界」の意を含ませていたと思います。

そうした空間こそ漱石の理想とする所だったからです。

 

その「山房」の客間に、毎週一回木曜日、

漱石の門下生たちが集まりました。

その名を「木曜会」といいます。

そこは漱石を師と仰ぐ若い文学者たち

――芥川龍之介、森田草平、鈴木三重吉ら――

の文学サロンだったのです。

 

しかし、漱石山房を訪れたのは、

当然のことながら、文士たちだけではありませんでした。

そんな中になんと神戸祥福寺の雲水二名がいたのでした。

この話の続きは次回に回したいと思います。

 

CAFE SOSEKI のエンブレム

 

当日は館内の「CAFE SOSEKI」で軽食をいただいた後、

再び青梅雨に濡れながら、漱石山房通りの緩やかな坂道を

早稲田通りへと急いだのでした。

 

<余禄>正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」はよく知られていますが、

この句が漱石の「鐘つけば銀杏ちるなり建長寺」に触発されて作られたことは、

今回漱石山房を訪れるまで知りませんでした。