酒を飲んだら酔わにゃならぬ―上田閑照先生の思い出(8/29)

 

ありし日の上田閑照先生

 

『京都学派 酔故伝』なる奇書(?)を

巷の書店で見かけたことがある。

なんでも京都学派の諸先生のなかに、

尋常ならざる酒仙が多くおられたらしい。

 

惜しいかな!

その中にわが恩師上田閑照先生の名が列せられていない。

 

言うまでもなく先生は、

京都学派の学祖とも言うべき

西田幾多郎の哲学を継承する碩学である。

しかも先生は大いに酒を愛された。

 

先生の酒に関する武勇伝の中から一つを紹介してみよう。

 

大阪からの帰り、まず梅田で一杯、

京都に着いたら、そこでまた一杯。

鴨川に出て、折角ドイツで買い求めてきた革の鞄を、

中味丸ごと、酔いに任せて川の中へ放下!

 

これに類する豪快な話を、

私はいくつも京大宗教学教室の先輩方から聞いている。

ただし、本当か虚言かは知らない。

 

そのためであろう、

ついに肝臓を悪くされ、ドクターストップがかかった。

先生は東京での学会からの帰り、

駅の構内で一杯、この儀式を最後に酒と決別された。

それ以降、酒はきっぱり断たれた。清い別れであった。

 

もう40年は経っているだろう。

何かの集まりの席であったと思う。

先生が氷水(ビールではない)の入ったジョッキーを前にし、

立ち上がって挨拶され、その中でこう述べられた、と思った。

「酒を飲んだら酔わにゃならぬ」。

 

酒が嫌いでなかった私は、その言葉を我が意を得たりと、

後生大事に記憶にとどめつづけていたのであるが、

ある時、先生の本を読んでいて、

その言葉がもとは、先生の参禅の師であった

相国僧堂・大象窟大津櫪堂老師の言葉であることを発見した。

 

そこには、先生が大象窟をご自宅にさそわれ、

夕食をともにされた折り、老師が帰りぎわに、

「酒を飲んだら酔わにゃならぬ。酔うたら醒めにゃならぬ」と言って,

きっぱりと席を立たれ、しかも楽しげに帰ってゆかれた

という話が書かれている。(『上田閑照集』第4巻、349頁)。

 

だとすると、

私がそれまで金科玉条のごとく大切にしてきた、

「酒を飲んだら酔わにゃならぬ」には、後半があったのだ。

私はその後半部分、「酔ったら醒めにゃならぬ」を聞き落していたことになる。

 

何とも恥ずかしい話である。

と言うのも、「酒を飲んだら・・・酔ったら・・・」の重心は、

どちらかと言うと、後半部にあるように思えるからである。

酒から醒めることのなかなかできないことは、

酒を嗜む人なら誰でも知っていよう。

 

先生があの集まりで、どういう文脈で、

「酒を飲んだら・・・酔ったら・・・」を言われたのか、

どうしても今は思い出せない。

であるので、そういう詮索は止めることにする。

ここではその意趣について述べておこう。

 

その言句の言わんとするところは、

酒を飲むときは大いに飲む、しかし宴が終ればさっとその場を離れる、

そういう一切の執着から離れた自在さにあるだろう。

 

たとえば、論語なら、

同じことを、「酒は量なく、乱に及ばず」と言うでもあろう。

それも悪くないが、いかにも君子然たるところが面白くない。

 

そこで、そういう臭味からも離れた次の語が、

あの言葉の気分を表わすのにぴったりではないかと思うのである。

 

「始随芳草去又逐落花回」

(始めは芳草に随って去り、また落花を逐うてかえる)(碧巌録)

 

酒は飲んでいるときも飲みおわった後も、

いつもとかわらず、楽しく遊戯(ゆげ)する心地でなければならない。

 

追記:上田閑照先生(京都大学名誉教授、2018年文化功労章受章)が

今年6月28日に93歳で亡くなられ、

8月25日に「上田閑照先生お別れの会」が京都大学で開催された。

先生には一方ならぬお世話になったものとして、何とか最後の御挨拶をと考えて、

6月2日に入院中の先生を山田邦男さんと京都の病院に見舞ったのが最後となってしまった。

けれども、乾いた竹筒の中から聞こえてくるような、

からっとした先生のあのお声が、いつも私の耳底には響いている。

 

桔梗の花(禅塾庭)