「数学上の発見が生まれる時」(令和2年6月17日)

 

 

禅塾のアジサイの花

 

今年の4月4日に、

京都大学数理解析研究所の望月新一教授が

35年間未解決で世界中の数学者を悩ませていた

数学の超難問「ABC予想」の成立することを

証明したということが報じられていた。

 

なんでも数学のノーベル賞と言われる

フィールズ賞級の立派な業績だという。(4/4、朝日)

 

ここでは「ABC予想」なるものがどんなものであるか、

についての説明は省略する。

とにかく「整数論」の問題であるということが

わたしの関心を引いた。

 

わたしは文科系に進んだが、

もともと代数学や幾何学は嫌いではなかったと思う。

当時、「チャート式」と呼ばれていた数学の参考書があって、

そこに載っていた問題などを解いたりしたことは

いまも楽しい思い出として残っている。

 

望月教授のニュースは、

わたしの中にほんのわずか残っていた

そのような思い出にちょっと火をつけたのである。

急に数学者の書いたエッセイなどを読んでみたくなった。

 

禅塾のアジサイの花

 

そこで思いついたのが、岡潔の『春宵十話』である。

この本は以前に一度読んだことがあったのだが、

そのことをすっかり失念してしまっていて、

今回また新たに一冊購入してしまうはめになった。

 

岡潔(1901-1978)は、

多変数解析関数論の分野における

超難問を次々に解決して、

その名を世界にとどろかせた数学者である。

 

岡潔の偉業に関することは、

わたしにはさっぱり分からないが、そのことは今重要ではない。

わたしが関心を寄せるのは、

彼がそのような仕事を成し遂げるに至ったプロセスについてである。

 

岡は自らが直面している多変数関数論の問題解決に没頭するために、

当時勤めていた大学をわざわざ休職して、

妻と二人の子供を連れて両親の住む和歌山の田舎に引っ越している。

 

さらに、終戦後、岡はそこで本格的な念仏修行を始める。

岡はその時、農耕と念仏と数学に没頭する一介の生活者であった。

そしてそうした生活の中から彼の偉大な数学的発見が生まれてくるのである。

 

岡はその決定的な瞬間について次のように述べている。

 

「七、八番目の論文は戦争中に考えていたが、

どうしてもひとところうまくゆかなかった。

ところが終戦の翌年宗教(*光明主義という浄土系の宗教)に入り、

なむあみだぶつをとなえて木魚をたたく生活をしばらく続けた。

こうしたある日、おつとめのあとで考えがある方向へ向いて、

わかってしまった。」

 

この奇異に思える出来事について、岡はこう述べている。

 

「それは宗教によって境地が進んだ結果、

物が非常に見やすくなったという感じだった。

だから宗教の修行が数学の発展に役立つのではないか

という疑問がいまでも残っている。」

 

しかし、「わかってしまった」あの時、

岡は間違いなく三昧の境地にあったのである。

 

どういうことかと言えば、彼はその時、数理に成り切っていた。

そこでは岡の自我というものは全く消えて、

数理が自己展開して己自身の真実を開示したのである。

 

「数学を熱心に勉強するということは我を忘れることで」

「無我の境に向かわないと数学になっていかない」。(『対話 人間の建設』)

この意味で、「禅と数学は、本質は同じだ」。(『春風夏雨』)

(このことは数学のみならず、

人間の創造的行為すべてに当てはまることだと言えるだろう。)

 

物の真理とは、人が造作することではない。

物の方から己を現してくることなのである。

ちょうど画家の手が勝手にキャンパス上を動くように、

また音楽家において音曲が自然にわいてくるように。

 

岡の関数論における真理の発見とはそういうことだったのである。

 

禅塾のナンテンの花