大数学者が受けた教育(令和2年6月24日)

 

禅塾の桔梗

 

6月17日のこの日記で、

岡潔が数学上の難問題を解決した際に、

深い三昧(禅定)に入っていたことに注意した。

 

しかし、岡の場合、そこには、

幼少時から養われてきた下地が存したのである。

なかでも特筆すべきことは祖父から受けた教育だ。

 

岡は数え5歳の時から旧制中学4年(17歳)までの間、

祖父より「ひとを先にして、自分を後にせよ」と、

このことただ一つをきびしくしつけされたと言う。

 

そのことに関して岡はこう述べている。

「今の数学者としての私を育てるのに

一番役立った教育は何かと問われるならば、

私は躊躇なく祖父の教育だと答えるだろう。」(岡潔『紫の火花』)

 

禅塾の紫陽花

 

どういうことであろうか。

 

「ひとを先にして、自分を後にせよ」とは、

自我本能を抑止せよという教えである。

自我(エゴ)という強固にして執拗な心的エネルギーを

その都度おさえよ、というのである。

 

すると、どうなるか。

 

おそらくその努力は自我の相当強い抵抗にあうであろう。

けれども岡は、そうした抑止力は「使えば、十分強くなり」

「自我本能さえ、慣れれば易々と抑止」することができると言う。(同上)

岡は実際にそのことをやってみせたわけである。

 

こうして岡において、

自我(エゴ)の力は徐々に弱められて、

自我に邪魔されない無我(三昧)の境が開けてきて、

そこが数学的発見の場となったのである。

 

岡の場合には、その上に念仏三昧による宗教的行が加わって、

彼をいっそう深い無我の境地に導いたと考えられる。

これが岡潔という大数学者誕生の話である。

 

青少年時代に上に述べたような経験をもつ岡潔は、

後年になってその観点から、

この国の現状、とくに青少年の有様を憂えた。

それでやがて教育論が岡の主要な関心事となっていった。

 

禅塾の「梅子黄なり」

 

そこのところを私の言葉になおして述べておきたい。

 

今では、「ひとを先にして、自分を後にせよ」と言ったような心構えは、

どこ吹く風のような世情であるように見える。

それは一口に言って、経済的価値(要するにお金)を

至上のものと考える競争社会になっているためである。

 

そこでは、岡の受けた教育とは真逆の方向、

すなわち、「自分を先にして、ひとを後にせよ」どころか、

ただ「自分を先にせよ」ということだけが、

暗々裏に家庭・学校・社会といった教育の現場全体に沁み込んでいる。

 

そして、口先では確かにそんなことが言われるにしても、

「ひとを先にして、自分を後にせよ」などと声高に言うようなことは、

何か時代錯誤でもあるような、そんな時代になってしまっている。

 

しかし、自我(エゴ)がそのまま跳梁跋扈するかぎり、

本当の平安は私たちの内においても、また外においても、

決してやって来ることはない。

いわゆる世界平和などということは夢のまた夢である。

 

もし岡が生きていて今のこの社会を見たら、

どう言うであろうか。