野の百合・空の鳥—自然に学ぶ

 

ボケ(木瓜)【長岡禅塾】

 

夜が白み、鳥が朝早くその日の歓びに目覚めるときに、

何と言う歓びがあることであろう。

 

・・・日が傾き、鳥が嬉々としてその塒(ねぐら)に急ぐときに、

何と言う歓びがあることであろう。

 

そして永い夏の日には、

何と言う歓びがあることであろう。

 

鳥が、・・・喜んでその歌を唄い始めるとき、

何と言う歓びがあることであろう。

 

露が降りて、百合に生気を与え、涼しくなって憩につくとき、

何と言う歓びがあることであろう。

 

百合が浴みしたあとで、最初の陽射しに快く身を乾すとき、

何と言う歓びがあることであろう。

 

そして永い夏の日の歓びはどうであろう。

 

あゝ、是非とも彼等を眺めてみよ。

百合と鳥とは歓びの教師である。

 

キェルケゴール『野の百合・空の鳥』(久山 康 訳)

 

*自然は私たち人間の教師である。自然から学ぶべきことがたくさんある。すべてのことを人間を尺度にして考える考え方、人間が万物の霊長であるという誤った人間中心主義的な妄想、それらをもういい加減に改めるべきではないか。

*キェルケゴール:1813-1855、デンマークの神学者、哲学者。著作『不安の概念』『死に至る病い』など。

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