あるべきようは

 

しだれ桜(長岡京市内)

 

人は「あるべきようは」と言う

七文字を持(たも)つべきなり。

 

僧は僧のあるべきよう、

俗は俗のあるべきようなり。

 

ないし、帝王は帝王のあるべきよう、

臣下は臣下のあるべきようなり。

 

此のあるべきようを背く故に、

一切惡(わろ)きなり。

 

明恵上人「栂尾明恵上人遺訓」

 

明恵上人・樹上坐禅図

 

*世界遺産でもある京都栂尾の高山寺に住した明恵上人(承安3-貞永元年、1173-1232)の言葉です。「あるべきようは(阿留辺幾夜宇和)」とは、「あるべき姿」「あるべき態度」でというの意味。

 

*遺訓中で明恵上人は人間として、どう生きて行くべきか、その基準を私たちに示しています。それは、その時々の場所・状況に応じて“あるべきように”生きて行きなさい、ということです。現代で言うなら、例えば会社の経営者であれば経営者のあるべきように、従業員であれば従業員のあるべきように、親であれば親のあるべきように、子であれば子のあるべきように。そのようにいつも「あるべきように」さえしておれば、平穏無事な「善き」生活を送ることができる、と教えているのです。

 

*こうした考え方は、『論語』(顔淵篇)にも見られます。「君君たり、臣臣たり、父父たり、子子たり(君は君として、臣は臣として、父は父として、子は子として生きて行きなさい)」。

 

*明恵上人はまた上の言葉につづけて、「私は死後に救われたいと願うものではない。ただ、いまの世に、まず、あるべきようにありたいと願うものである」とも述べています。

 

*しかし、問題はどのようにすれば、そのように“あるべきように”生きて行けるかということです。“あるべきように”生きて行くことは、言うほど簡単なことではありません。簡単でないのは、私たちがその場その場で自我に執着し、この自我を押したてて自己主張しようとするからです。そのことによって、「善き」生活を願ったはずが、かえって葛藤と不安の「悪き」生活を強いられることになります。その道理を明恵上人は「あるべきようは」の金言七文字で示しておられるのです。

 

*余談。明恵上人の住まわれた高山寺は鳥獣戯画でも有名です。なぜ高山寺に鳥獣戯画がのこされているのか。それは、その地が仏教の慈悲の精神から一切の鳥獣などの狩猟が禁じられていたため、鳥や獣たちが猟師の手を逃れて生き延びることができる、いわば鳥獣たちの楽園だったからではないでしょうか。このことを示唆する文章が『栂尾明恵上人伝記』に記されています。

 

鳥獣戯画