西田幾多郎記念哲学館の思い出(令和3年6月16日)

 

ムラサキツユクサ(長岡禅塾)

 

この9月26日まで、

石川県西田幾多郎記念哲学館で、

「枕辺の野草――西田幾多郎の妻・琴美」展が開かれています。

 

哲学館からその案内が届いていますので、

送られてきた「企画展図録」の文章を借りて、

哲学者幾多郎の妻・琴美について紹介しておこうと思います。

 

「幾多郎と妻の琴美は(5歳違いの)いとこ同士で、仲の良い幼馴染でした。画家を父にもつ琴美は着物の見立てもよく、裁縫や料理、国文学の本を読むことが好きでした。師範学校を卒業し小学校教師(幼稚園保母)をしていた頃もあります。幾多郎と結婚してからは、貧しさ、子どもの病や死など、次々と苦労が続きます。親族間の金銭問題で家出し、激怒した義父より幾多郎と離婚させられたことも。しかし琴美は不平も言わず、子どもを育て、家を守り、常に献身的に幾多郎の学究生活を支えました。」

 

「琴美は四十四才のとき脳溢血で倒れ、会話はできるものの体を動かすことができなくなります。以後、寝たきりの状態となりますが、幾多郎にとってよき話し相手であることは変わりませんでした。幾多郎は野の花が好きだった琴美に花を摘んできては、古ぼけた源氏物語とともに枕辺に置いていました。四十九歳で琴美が亡くなり、こんな言葉を残しています。」

 

「今は我家といふ如きものが消え失せて

遠き国にさまよふ旅人の様な心持ちがいたします

去年(こぞ)の秋 窓際植えし紅椿 咲きか散らむ見る人なしに」

 

この文章から最愛の妻琴美を失った後の、

幾多郎の喪失感がよく伝わってきます。

 

ところで西田幾多郎記念哲学館といえば、

わたしは毎年夏そこで開かれている

夏期哲学講座のことを思い出します。

かつてその講師の一人として、

その講座に参加していたからです。

 

夏季哲学講座(2002年8月)、

後方が「西田幾多郎記念哲学館」

 

哲学館の夏期講座は実にユニークなものでした。

8月になると全国各地から哲学愛好家たちがそこに結集します。

その中には大学生、80歳近いお年寄、また近所の主婦、

時には京都から来た庭師の方も参加されていたことがありました。

みんな哲学好きの人ばかりです。

 

そんな人たちの集まりですから、

参加者は一年ぶりの再会を喜び合ったりして、

互いにすぐに打ち解け、

和気あいあいとした雰囲気が哲学館中にひろがるのです。

 

それはまるで哲学のサロンのようでした。

わたしは夏になると、

そこに行くのをいつも楽しみにしていたものです。

 

西田幾多郎記念哲学館は金沢駅から七尾線に乗り換えて、

宇野気で下車して徒歩20分くらいのところにあります。

近づくにつれて来館者たちを暖かく迎えてくれるかのように、

安藤忠雄設計の白色のモダンな建物がそこに姿を現します。

 

帰りはちょっと寄り道をして、

兼六園を通り抜け、

金沢市内にある鈴木大拙館まで

足を延ばしてみたこともありました。

 

新幹線が金沢に乗り入れる前の話です。

 

ハタケニラ(禅塾近辺)