大雨の話(令和3年8月25日)

 

 

百日紅(サルスベリ)/長岡禅塾

 

八月十三日

梅雨になって降り出して、梅雨があけてまた降り出して、

土用に入りて降り出して、土用があけてまた降り出したという、

のべつ晴れなしの雨天なので、この頃では大川も小川も到るところ溢れ出して、

家を浸しているところもあり田畑を浸しているところもある。

泥鰌は喜んでいるだろうが、人間には随分ひどい害をなしている。

 

この文章は8月11日から10日以上も降りつづき、日本各地を襲った

最近の集中豪雨のことを綴ったものではありません。

正岡子規が明治35年に『病牀六尺』のなかに記しているものです。

 

120年ほど昔の東京で、

今回の大雨と同じような現象が、

起こっていたことを知って驚きます。

 

近年とみに増えている各地での大雨は、

世界的に起こっている地球温暖化の影響と考えられているようですが、

子規が経験した長びく大雨の原因は何だったのでしょうか。

 

思いもしなかったことですが、

今回は毎日のように長岡京市の名前が、

テレビの全国雨天情報のテロップに流れて、

その名を天下に知らしめたのはないかと思います。

 

それにしても今回の長雨は、

新型コロナウィルス感染者の急増時期と重なって、

ほんとうにウンザリするような酷いものでした。

 

八月十九日の「天声人語」も書いていました。

『ここ数日は「もうたくさん」という気持になった方も多いのではないか。

まるで2度の梅雨が訪れたかのような天候である』と。

 

雨降って地固まるどころか、

日本中、長雨降って地緩み、

泥と化したような

悪天候つづきのこの夏でした。

 

*『病牀六尺』からの引用文は、読みやすくするために一部漢字を仮名に書き改めました。