老子を楽しむ(1)(令和4年11月2日)

 

松葉菊(長岡禅塾近辺)

 

『老子』という本は深淵なところがあって

なかなかその内容がつかみ難い。

 

その思想は禅の思想とも似ているところがあるが、

微妙な違いがあるようだ。(沢庵禅師に『老子講話』が有る)。

 

今はそんなことを詮索するのを一切やめて

加島祥造の自由口語訳『タオ――老子』を読んで

その幾編かを楽しみたい。

まず、『老子』第三章の訳詩から見てみよう。

 

 

世間が

頭のいいやつを褒(ほ)めるもんだから

ひとはみんな

利口になろうとあくせくする。

金や宝石なんかを大事にするもんだから

盗っ人(ぬすっと)がふえる。

世の中が

生きるのに必要のないものまで

やたらに欲しがらせるから

みんな心がうわずってしまうんだ。

 

だから道(タオ)につながる人は

あれこれ欲しがる心を抑(おさ)えて

飯だけはたっぷり食う。

野心のほうは止めにして

骨をしっかりこしらえるんだ。

みんなが

無用な情報や無駄な欲を持たなければ

ずるい政治家や実業家だって

つけいる隙(すき)がないさ。

そうなんだ、

無用な心配と餘計な欲をふりすてりゃあ

けっこう道はつくもんだ、

行き詰っても――。

 

 

*「道」は老子の思想における中心的な概念である。それは「万物の根源」であって「語りえないもの」「名づけえないもの」である。あらゆる事物は「道」のはたらきであるが、そのはたらきには作為がなく(無為で)自然である。

 

*加島祥造『タオ――老子』は筑摩書房から2000年に出版された。

 

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