大雅窟遺風(七)

 

<大疑>

 

禅では、「悟りとは何ですか」と問われたら、「悩みなさい」と答えます。「大疑は大悟」と禅では言います。疑問を持てば、あれこれ悩みますが、その先に悟りがある、という教えです。疑いが深ければ深いほど、大きな悟りが待っている、とするのです。疑いを持たない人は悟ることができません。(『禅が教える「接心」のすすめ』)

 

 

 

歴代塾長の墓塔

 

同じ個所で大雅窟はつぎのように述べておられます。

「人生、誰もが悩み、苦しみます。悩みや苦しみのない人は、向上しません。悩むなら、悩んで、悩んで、悩み尽くさなければなりません。悩み尽くした先に、新たな感慨が生まれます。そう、思わず笑い出すことでしょう。なんでこんなことに悩んでいるのだろう、馬鹿馬鹿しい、という思いになるからです。この思いが実に大事なのです。なぜなら、『自分で気づいた』からです。(中略)自分で気づくことは、自分の知恵になります。」

 

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