大雅窟遺風(二十六)

 

 

<俳僧>

 

芭蕉の研究から出家された中川宗淵は俳人であり、禅僧である。

が、簡単な禅僧ではない。

「あなたは俳人ですか」「私は廃人ではありません」。

真面目そうに、そして、本当に真面目な顔つきで、太い、力強い声で答えられる。

「では、お坊さんですか」

「私は牛蒡(御坊=寺院または僧侶の敬称)などではありませんよ」

と、にっこりされる。どうも、とりつくしまがない。

それでいてなんとなく温かいものを感じさせる、不思議な道人である。

いや、道人というより童人のほうがぴったりするようなお方である。

自らを空童子と呼び、濁世の外に出て、濁世を楽しむ。

 小春日や驢馬が春いたる米の味

がそれを語る。(『無相の風光』)

 

中川宗淵老師(明治40年~昭和59年)は山本玄峰老師の法嗣。昭和26年、龍沢寺第十世住職ならびに僧堂師家に就く。句作については飯田蛇笏に師事、句詩文集『詩龕』がある。

 

大雅窟とは大雅窟が龍沢寺に掛搭された昭和27年以前からの知音のようである。大雅窟は宗淵老師の俳句をしばしば自分の書き物のなかに引用されているが、それはその俳句が大雅窟お好みの禅味をおびた俳句であったからである。それだけではない。大雅窟もまた、その道号が示しているとおり風雅を愛する禅僧であったのである。大雅窟の愛された宗淵老師の俳句を三句ばかり挙げておこう。

 酒樽のひとり転がる楽しさよ

 涼しさや指一本を天の川

 からまれてからまれぬけて薫風に 

なお「小春日の」の句には次の前書きがついている。

「村の日だまりに直径5、6尺の大臼あり。その周囲を一頭の驢馬、ことこと廻ってひねもすなるぞ。神妙なれ。」

 

 

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