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禅とは何か

法語掲示板-25 「無心になれ」

無心になれ   凌霄花(のうぜんか)(長岡禅塾近辺) 「凌霄花(のうぜんか)はラッパを夏の空に向け奏(かな)でるように風に揺れ居る」(中川文和)   いま大事なことは、 あらゆる時、あらゆる機会に、 …

大雲好日日記ー220 「即身説法」

即身説法(令和5年9月20日)   ひまわり(長岡禅塾近辺)     山本玄峰老師(1866-1961)の提唱を聞きに来ていた外国人に、   山本玄峰老師   ある人:「 …

大雲好日日記ー219 「生死(しょうじ)その六」

生死(しょうじ)その六(令和5年9月16日)    あおさぎ(長岡禅塾近辺)   禅門では「生れもしないし、死にもしない(不生不死)」 ということがよく言われます。 しかしこの言説は一般の人々には な …

大雲好日日記ー218 「生死(しょうじ)その五」

生死(しょうじ)その五(令和5年9月13日)   アサガオ(長岡禅塾近辺)   中国の北宋の時代に 兜率従悦(とそつ・じゅうえつ)という名の禅僧がいました。 禅師はいつも三つの関門をもうけて、 やって …

大雲好日日記-217 「喫飯来(きっぱんらい)」

喫飯来(きっぱんらい)(令和5年9月9日)   「喫飯来」(孝慈室 森本老師筆)     『碧巌録』に金牛和尚(生没不詳、唐代)が昼食時になると、 いつも米櫃をもって僧堂前にあらわれ、踊りな …

大雅窟遺風(十)

  大雅窟遺風(十)     <一所懸命> 論語の中で、「身を殺して、もって仁をなす」(衛霊公 九)と言われています。ですから、論語もその都度、その都度のことに、全身、全霊を打ち込んでいく( …

大雲好日日記-216 「(続)且坐喫茶(お茶でも一杯、どうぞ)」

(続)且座喫茶(お茶でも一杯、どうぞ)(令和5年8月30日)   百日紅(長岡禅塾)     前の日記(215)で猷禅玄達老師とお婆さんの話を採り上げましたが、 これとよく似た話が趙州従諗( …

大雲好日日記-215 「且坐喫茶(お茶でも一杯、どうぞ)」

且坐喫茶(お茶でも一杯、どうぞ)(令和5年8月12日)   且坐喫茶 (しゃざきっさ) 「且(しばらく)く坐して茶を喫せよ」   山の湧き水(長岡禅塾近辺)   これまで4回にわたって「生死 …

大雲好日日記-214 「生死(しょうじ)ーその④」

生死(しょうじ)―その④(令和5年8月5日)   桔梗(長岡禅塾近辺)     昨年(令和4年)10月に『死は存在しない』という本が出版されました。 こういうタイトルの本は得てして眉唾物が多 …

大雲好日日記-213 「生死(しょうじ)-その③」

生死(しょうじ)-その③(令和5年7月29日)   木槿(むくげ)(長岡禅塾近辺)   宮沢賢治の詩集『春と修羅』の序文は、 つぎのような言葉ではじまっています。   わたくしといふ現象は …

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