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禅僧列伝

法語掲示板11 「一隅を照らす、これ国宝なり」

一隅を照らす、これ国宝なり   紅梅(長岡公園)   国宝とは何であるか。 宝とは道を求める心なり。 道心ある人を 名づけて国宝となす。   故に古人いわく、 径寸十枚、これ国宝にあらず。 …

法語掲示板9 「“ハイ”の声は仏の声」

白梅(長岡京、八条が池)   “ハイ”の声は仏の声   世間に教えは多いが、要は一つに納まる、 いつでも“ハイ”の一言が楽に言えたら、 一切の教えを身につけたことになる。   言えぬのは 何 …

法語掲示板6 「花語らず」

    花語らず   花は黙って咲き、黙って散って行く。 そうして再び枝に帰らない。   けれども、その一瞬一処に、 この世のすべてを託している。   一輪の花の声であり …

大雲好日日記ー113 「香州老師の書」

「香洲老師の書」(令和2年11月25日)   閑日月の香洲老師   今夏、長岡禅塾初代塾長の梅谷香洲老師と 親しくされていた方のご遺族から、 老師の書を寄贈していただきました。(写真1)   …

大雲好日日記ー110 「禅とは何であるか」

「禅とは何であるか」(令和2年10月14日)   禅塾近辺の芙蓉   盤珪禅師は「不生で一切事がととのう」と申された (「大雲好日日記109参照」)わけですが、 「不生」という用語は現代人にとって ど …

大雲好日日記-109 「盤珪の不生禅」

「盤珪の不生禅」(令和2年9月30日)   禅塾近辺のタマスダレ   この夏は盤珪の不生禅について考えていました。 ここで少し整理をしておきたいと思います。   まず、盤珪とその不生禅につい …

大雲好日日記-98 「人生、畢竟如何」

「人生、畢竟如何」(令和2年7月15日)   禅塾の木槿(むくげ)   人生とは、結局、どういうことなのか? この問いに臨済義玄禅師ならこう言うでしょう。   ただ平常のままでありさえすれば …

大雲好日日記ー89 「花の世の 花のやうなる 人ばかり」

花の世の 花のやうなる 人ばかり(令和2年4月29日)   中川宗淵老師   浅井老師が遷化されて暫く経ってから、 いつも老師が使っておられた机のまわりを整理していると、 その中に中川宗淵老師の句集が …

大雲好日日記-68「良寛の法華讃」

良寛の法華讃(11/7)   『良寛 法華讃』(竹村牧男著、春秋社刊)   今春、『良寛 法華讃』(竹村牧男著、春秋社刊)という本が出版された。 良寛は法華経8巻28品のそれぞれの品(章)に、 自ら偈 …

大雲好日日記-65 「岩井勝次郎翁と森本省念老師(橋本独山和尚の法孫)」

岩井勝次郎翁と森本省念老師- 橋本独山和尚の法孫 (10/17)   岩井勝次郎翁(長岡禅塾の創設者、1863-1935)   森本省念老師(長岡禅塾第二世、1889-1983) この二人の間に、 生 …

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