ある編集者の話(10/10)
紫式部(禅塾お花畑)
彼は現在、フリーの編集者をしている。
もともと在阪の出版社に勤めていたが、
身体を壊してしまい、フリーの編集者に転身したのである。
編集者と言えば、
出版社の規模によっても違うが、
普通は本の企画を専らの仕事とする。
編集者は企画の後に、適当な執筆者を選定し、
その人に原稿を依頼し、書き上がってくるのをひたすら待つのである。
しかし、彼の場合はそれとは違っていて、
自分で本の企画をし、自分で原稿を書くのである。
そして、原稿が出来上ったら、その原稿を本にして
出してくれそうな出版社を探すことになる。
それが一苦労なのである。
なにせ昨今の電子媒体の普及などで、
出版業界が全般に苦境にたたされているからである。
特に持ち込み原稿の場合、
本にして「売れる」原稿でなければ、
出版社の方はおいそれとは首を縦に振ってくれない。
彼が書くのは、すでに出版された彼の本のタイトルで示すと、
たとえば『ぼくの古本探検記』のような古本にまつわるもの、
それから『著者と編集者の間』のような本の編集に関係したもの、である。
だから内容が特殊でマニヤックなところがある。
こうした事情が彼の書く原稿の出版をいっそう難しくしている。
それでも彼はその種の本をこれまで20冊近くも出版にこぎつけている。
これは大変ことで、わたしは感服するばかりである。
彼は新しい本を出すと、いつもわたしに一冊送ってくれるのだが、
今回また『タイトル読本』という新著を贈呈してもらった。
これは文筆業を生業とする作家ら約50名のタイトル論を集めた本で、
彼らが本のタイトルをつけるのに如何に苦労しているか、
その楽屋裏を覗かせてもらっているようで、
本好きな人や文学好きな人には、たまらなく魅力的な書物になっている。
ちなみに、その中でわたしがとくに面白く読んだのは、
田辺聖子、浅田次郎、小川洋子、群ようこ、内館牧子、の文章だった。
それから第Ⅳ章の編集者の立場から書かれたものも、
昔ちょっと編集の仕事にたずさわった関係で興味深く読んだ。
最後になったが、文中の「彼」とは、
私の敬愛する古くからの友人、高橋輝次さんのことで、
ここで紹介した本は、『タイトル読本』(左右社、2019.9.30.)でした。